ゴーリー著、柴田元幸訳の『おぞましい二人』を読む。
ううむ・・・重い。
この世には、絶対的な不幸などというものは存在しないのかどうか。その根幹を揺さぶられる絵本といえるだろう。
僕は普段、絶対的なものというのはおそらくは存在するのだろうけれど、自分がそうしたものにアクセスすることはたぶん死ぬ時までないだろう、と考えている。
しかし、生きている間に「絶対的なものとしか思えないもの」に出くわすことはありうるのだ、ということを、この本は思い起こさせてくれた。
それが幸福であれ、不幸であれ、存在であれ、虚無であれ、「絶対的であること」は人を損なうのではないか。そんなことを考えた。
そういえばイチローが、「コントロールできないものはコントロールしない、ということを自分に言い聞かせ続けることはとても大切だ」みたいなことを言っていた気がする。
つまり、「絶対性へのアクセス」ということそのものが、スポーツにおける成功を妨げるし、ひいては人間存在そのものを危ういものにさせてしまうということだろう。
だから、人間の脳は、絶対的なものへの思考をはじめたとたん、とんでもなくチープでおろかな「物語」を創造するのだろう。(そのことは、多くの宗教の教義を見れば一目瞭然だ) よくできたものである。やはり人間というか、動物というものは、生きるべく作られているのだな。悲しい話だが。