4泊5日のツーリングから帰還。つきあってくれた皆様、ありがとう。残念ながら事故に遭われて合流できなかったT氏、お大事に。

さて、JRの列車事故では、連日のようにマスコミがJRの会社としての体質を批判している。ここ数日は、事故当日にボーリング大会&飲み会が行われていたということを徹底的に指弾して悦に入っているようだ。

一方では、厳密すぎるダイヤ遵守&罰則体制を原因として指摘し、一方では乱れた社風を批判する。マスコミというのはここまで阿呆だったろうか? いや、そうだったのかもしれない。昔からそうだったけど、気づかなかっただけなのかもしれない。だとすると、こうした阿呆なマスコミを育てたのは俺たちでもあるわけだ。トホホ。

少なくとも言えることは、どこの会社にだっておっちょこちょいもいれば、職務に対して不真面目な人間はいる。会社全体が大変だ、って時に、のんきな行動をとる人間は必ずいる。そんなことぐらいは、小学校から始まって、ずぅっと、何らかの社会集団に属してきたわれわれ日本人にとっては自明のことじゃないか。

事故が起きた。どうも大事故らしい。でも今からかけつけてもなあ。現場は現場で混乱しているだろうし。まあ、とりあえず飲みに行こうや。・・・こういう発想する人間がいることを、誰が非難できるだろうか? それとも、あの尼崎の事件があった時、日本中の居酒屋をはじめとする享楽施設からは、一斉に客足が遠のいたのだろうか? 新潟中越地震スマトラ沖大地震の時に、すべての日本人が被災者のために黙祷を捧げたのだろうか?

こういう惨事が起きた時に、即座に哀悼の意を胸に抱き、それに基づいた行動を取る人間は立派だと思う。けれども、そういう行動を取らない人間を責めることはよくないことだと私には思われる。

1つには、責めてもしょうがない、ということ。もう1つには、そのことと事故原因には何の関係もないということ。むしろ、こういうことを逐一責める人間こそが、ちょっとしたダイヤの乱れを責め、今日のJR西日本の体質を作ったということは言えないだろうか。