選挙

だいたい予想通りの結果でした(←終わってからなら外れない予測@内田樹先生)。

いや、冗談抜きで、今回の選挙戦ほど、結果が目に見えていた選挙はなかったのではなかろうか。

今回の選挙でみえた傾向は2つ。1つは利益誘導型選挙の終焉だ。

小泉さん登場以来、利益誘導型、いわゆる「どぶいた選挙」は年々旗色が悪くなってきていたが、今回は露骨にその傾向が見えた。あの田中マキコでさえ、辛勝だった。ドブ板で楽勝したのは綿貫さんとムネオくらい(ムネオはけっこうポップだから、ドブ案外板でもないのかもしれんが)のものだ。

どぶ板からの脱却、政策を問う選挙へ。このことは30年来、この国の知識階層が希求してきたことではあった。もちろん、彼らの望むものは「こういう選挙」ではなかろうが、曲がりなりにも今回の選挙には「選択」があった。実は、こういう選挙はこの30年の間、日本では行われていなかったのだ。

80年代のバブル期、バブル崩壊後の沈滞状態の90年代、いわゆる「無党派層」は投票所に行かなかった。投票率40−50%を支えたほとんどは企業や業界団体をバックにした組織票だったろう。この国では、そういった業界団体同士の綱引き、利益誘導こそ「民主主義」であったわけだ。

小泉さんから感じるいい知れない嫌悪感の源は、たぶんこういった泥臭い「民主主義」への猛烈な否定にあるのだろう。

いずれにしても、この国の「民主主義」の形が大きく変化したことはたしかだ。より「まっとう」ではあるけれど、「まっとうすぎる」かもしれないしろものへ。

民主主義のルールとしての選挙のあり方として、今回ほどまっとうな選挙はない。

そして、こういう「まっとうな民主主義」の行方を左右するのが、今回の選挙で見えたもう1つの傾向、政治の「ビジネス化」であり、その反面教師としての民主党の大敗だ。

今回の選挙における民主党マニフェストには間違っているところはなかった。しかし、そこには何の夢もなかった。「こうしたい」という欲望がなかった。ただ「間違えない」ために書かれた公約書。岡田さんのTVCMに象徴されるように、「間違ったことは何1つ言っていないにもかかわらず何を言っているのかわからない」現象は、ビジネスモデルとしては最低だった。

一方、小泉劇場と揶揄された自民党の選挙戦略は、ビジネスモデルとしては成立していた。あれをエンターテイメントと呼ばずビジネスと呼ぶことに異論のある人もあろうと思うが、僕は、ビジネスとは「夢想」を1つひとつ形にしていくことであろうと思っている。

郵政民営化」は、それがどれだけ空洞化した法案であろうと1つのビジネスモデルであることに違いはない。民主党の大敗の原因は、ビジネスモデルという形の夢を提供できなかったことに集約される。

選挙がまっとうなものとなったのであれば、民主党はそのまっとうなルールの中で存分に戦うことができたはずなのに、それができなかった。できなかった原因が何かは僕にはわからないが、やってやれなくはなかったはずだと僕は思っている。少なくとも、以前のドブ板に比べれば、数段彼らにとって戦いやすい選挙だったはずなのだ。

ただ、注意しなければいけないことは、政治はビジネスではない、ということだ。ビジネスは継続していくこと、楽しいこと、儲かることなど、さまざまなことが目的となりうるが、政治はそうではない。

いずれにしても、僕らにできることは適切なバランスを回復することだ。それがどんな方向であれ、極端さを選択した時、国家は悲劇に見舞われることになる。